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UXデザイン解体新書:ビジネスに役立つデザイン(中)

前回「ビジネスに役立つデザイン(上)」では、「なぜそのプロダクトが作られるのか」、「なぜ提供しようとしているのか」、この「なぜ」の部分が重要であり、本質的価値の提供を目的としたプロダクトやサービスこそが、優れた成果を得られるとお伝えしました。 今回は、姿形として表すことの出来ない本質的価値がユーザー(顧客)には伝わりづらく、提供者であるはずのプロジェクトメンバーの間でも共通認識として定まらずにプロジェクトが混迷する理由を考え、そもそも本質的価値とはどのように定義されるべきか、という点にフォーカスして行きたいと思います。

あなたと私は違うので

日頃、プロジェクトチーム内での共通認識の形成に対し、相当心を砕かれている方も多いのではないでしょうか。商品・サービス開発に必要な知識、スキルが多様化した現在では、多くのメンバーがプロジェクトに関与することは必然であり、マネージャーはプロジェクトチーム内での共通認識の形成に、多くの時間や労力を充てなければいけない状況が存在していることでしょう。 ただ、その実態は共通認識を持った上でプロジェクトを推進できているというよりは、度々発生するメンバー間の認識のズレに対してフォローを重ねていることが実態ではないでしょうか。その状態を回避するためにメンバー間で少なくない時間を割き、丁寧なコミュニケーションを心掛けてみたものの、それでもメンバーがそれぞれ異なる目標に向かっているような、作業に移ればそれぞれに与えられたタスクの消化に専念しているように感じたりしていないでしょうか。

このようにプロジェクトの目的(それが本質的な価値提供が出来るものかはこの際問いません)をメンバーが共通の認識としてイメージ出来ていないことにより生じるズレは、プロジェクトが大きくなればなるほど、その開発工程ではチームの負担になってくることでしょう。 ですが、これも至極あたり前とも言えるのです。そもそも人として同じ環境に生まれ、同じ経験を経て成長し、同じ価値観やスキルを持っている人など、この世に二人と存在しません。Aという人物の思考やアウトプットをそのままBという人物が持ち合わせていたり、実行するようなことは難しく、それを補うためにそれなりのコストが必要になってくることはやはり避けられないのです。

メンタルモデル:自覚にない自分

人と人、それぞれの違いが影響してくるのはプロジェクトメンバー間に限ったことではありません。 人が何か成果を得ようと行動を起こす時、頭の中に描かれる思考の流れ(思考フロー)は、当人がこれまでに得た経験や情報をベースとして作られ、その範囲の中で無意識に考え、行動に移しているに過ぎません。これは、私たちが提供するWebサイトやアプリケーションにおいても例外ではなく、ユーザーは自身の思考フローとWebサイトやアプリケーションの操作の流れを、無意識に照らし合わせながら利用しています。 対象のユーザーにとって馴染みのないものを提供する際、ある程度、ユーザーの事前学習が必要になったり、利用の最中に都度手順の説明を加えるようなこともあるかもしれません。ただ、これでさえユーザーの思考フローに沿っていなければ「やりたいと思ったことがちっとも進まない」「想定外の操作をさせる、まどろっこしい」という不満へと繋がってしまいます。 ユーザーがスムーズに利用し、やりたいことの達成までに掛けるコストが少ないものほど良い評価を得られるのはみなさんもご承知のことかと思います。開発者としては成るべくしてなったUIであってもユーザーの思考フローへの留意が足りなければ、使いにくいサービスとしてネガティブに評価されてしまうことは避けられないのです。

このように人が自覚せずに持っている価値観や、行動の流れ(ああしたら、こうなる)のイメージのことを、今日のデザイン分野においてはメンタルモデルと呼んでいます。メンタルモデルはその人固有の経験をベースとし、置かれた状況ごとに形成されるため、ユーザーのメンタルモデルを事前に掴むことさえ出来れば、提供者は予め対策をとることが可能になるのです。

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話を戻すと、常々プロジェクトがスムーズに進まない、自身がイメージしたように進まないと頭を悩ませている方でも、自身とは異なる経験をしてきた人の行動は何を示唆しているのか?ということを意識してみると、今ある状況を受け容れることも出来るようになります。するとそこから自身の行動変容へと自然に繋がって行くのです。

誰のために、何のために

一人として同じ人が存在しないという前提がある以上、プロジェクトの円滑な推進のためにはプロジェクトメンバー間で共有できる「目的」の設定が大切になってきます。 この「目的」とは、最終的に成りたい状態のことであり、定性的な到達点を指しています。しばしば「目的」と「目標」は混同されますが、意味を切り分ければ「目標」とは目的達成のために設定されるいわば定量的な通過点にあたります。 あなたの周りのプロジェクトでも「目標」が目的化してしまい、本来ユーザーに何を提供するのか、その「目的」が共通認識としてメンバーに浸透していないプロジェクトはありませんか。そのようなプロジェクトでは、メンバーは都度与えられる「目標」を淡々とこなす事に終始してしまい、思うような成果があげられないことも止むを得ないことと言えるでしょう。

では、その「目的」はどのように定義されるのでしょうか。 これが自身にとっての目的であれば「こうなりたい」をエイヤ!で定義してしまうことも可能です(実現出来るかどうかは別問題…)。ですが、他者のための目的は自身とは異なる経験、異なる価値観を持った人々に「こうなってほしい」を明らかにするのですから、自身のことのようにエイヤ!で定義することは出来ないでしょう。 しかもこの「目的」は、プロジェクトに関与するメンバーの認識をひとつにして活動を牽引するためのものであり、紐づく目標に意義を持たせられるものでなければいけません。メンバーの共感を得られるだけの強い力を持っていることが求められるのです。

前回のコラム「ビジネスに役立つデザイン(上)」で述べたゴールデンサークル理論にあった『Why(なぜ行うのか)』の問いに対して、自身のことであれば「こうなりたい」で答えを返すことはできます。ですが他者に対して「こうさせたい」は適切ではなく、その他者が「どのような人なのか(誰のため)」そして「どうなってほしいのか(何のため)」を示す必要があります。そんな「目的」を定義するのは『Why(なぜ行うのか)』を突き詰め、導き出していくことなのです。

顧客のためのデザイン

ここまで読み進めていただいた方には、デザインを行う際に大切なのは自身の作りたいものを作りたいように進めるのではない、ということが伝わったでしょうか。また、何をどう作るかという問いに、その答えをプロジェクトメンバーであるAさん、Bさんに求めるのは必ずしもベストな選択ではないことが伝わっていれば幸いです。

このような悩み、つい陥ってしまう提供者(開発者)側の都合に沿ったモノづくりから脱却するために、誰のために何をしようとしているのかしっかりした目的を定義する、利用者に寄り添ったデザインを行う、そして人々に答えを求めようとする、人間中心設計(Human Centered Design:HCD)というモノづくりのプロセスがあります。このプロセスは国際規格(ISO9241-210:2019)として定義され、UXの設計を専門に行う方にはプロトコルとも言えるアプローチ方法となっています。 そのプロセス自体は至極単純、言葉通りに人間(ユーザー)を中心に据えて、

  • 調査
  • 分析
  • 設計
  • 評価

を繰り返し行う形として示されるものです。

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人間中心設計のプロセス

しばしば誤解されがちなのですが、人間中心設計は評価で得た結果からユーザーの言う通りに設計しようと言うものではありません。それではプロジェクトチーム内において声が大きい人、影響力のある人の役割が、ただユーザーに移っただけで何も変わらなくなってしまいます。 人間中心設計では対象とすべきユーザー像、その実態を掴み、そこで何が課題となっているのか、何を提供し、どう解決するのか、それらをプロジェクトメンバーが正しく認識して、検討するためのプロセスなのです。 モノづくりではユーザーの実態について、しっかりとした情報が少ない場面が非常に多いと思います。そのような状態からユーザーに向けたモノづくりの注文に良い提案を打ち出すことは難しいものです。成果を上げようとアイデアの発散・収斂する際にも、どのような人が対象となるのかを知ればアイデアを数多く出すきっかけとなりますし、収斂に向けて出てきたアイデアが実際に評価を得ることができそうか、その評価軸も持ちやすくなります。

調査や分析といった工程を聞くと面倒に感じる方もいらっしゃるかもしれませんが、活用出来れば成果を上げるための近道となってくれることに違いありません。勿論、ただプロセスを実行するだけで高い評価を得られるという訳ではありませんし、実行することが目的化し手法に溺れてしまうのは望む所でもありません。 ただ目的が「誰のために、何のために」の形で示されることによって、メンバーのスキル、高い専門性、企業としての技術力が何倍にも活かされることは間違いないでしょう。

長くなりましたが次回はプロセスを通したUXデザインについて書いていければと思います。

執筆者長田和之

UI/UXデザイン、アートディレクションを担当しています。
アートディレクター、人間中心設計専門家

※本記事はNRIネットコム会社サイトに掲載していた内容の転載となります。