-求められる技術の目利きとビジネスへの適応力-(井川雅之) デジタルマーケティングと人工知能 2/2

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(2)データの精度と鮮度の向上

ほんの数年前まで、マーケティングといえば自社の会員データや取引データ、アンケート調査などの結果を活用するのがせいぜいだったが、2010 年ごろから急速に台頭してきたデジタルマーケティングによって社外のデータも活用できるようになった。それにより、例えば、自社の商品をよく買ってくれる人はインターネット上でどのような行動をするかという特性を把握し、同様の行動特性を持つ人に広告を配信して会員化を促したり、過去1 カ月以内に他社のEC サイトでテレビを購入した人に自社のブルーレイレコーダーの広告を配信したりするようなことが可能になった。こうしてターゲティングの精度は大きく向上した。

しかし、対象にしたい人の心理的属性(価値観やし好など)は、どのようなWeb サイトを見ているかというデータに基づいて推測しているにすぎず、何げなく乗用車のサイトを見ていただけなのに「クルマ好き」に分類されることもある。また、住所や家族構成などのデータが現在の状態と違っていることも多い。従って、ここを改善すればデータの精度と鮮度の両面で、マーケティングは向上の余地があるということになる。

そこで期待されているのが人工知能である。Google 社は2015 年に画像認識・分類機能を持つ「Cloud Vision API」のサービス開発者向け試用版の提供を始め、2016 年2月末からはβ版を一般に公開した。このAPI(Application Programming Interface。プログラムの機能を他のプログラムから呼び出して利用するための手順などを定めた規約)により、スマートフォンなどで撮影した人の表情から、「喜び」「悲しみ」「怒り」「驚き」といった区分ごとの強弱を判定できるようになる。さらにその人の服装や、その人の置かれた状況(コンテキスト)についても一定の精度で答えを返す。

これはマーケティングの世界にかなり大きなイノベーションをもたらす可能性がある。デジタルマーケティングでは、利用するデータについての精度と鮮度の問題を抱えながら、対象とするセグメントを少し変えたり、出稿媒体を変えたりすることで何とかROI(投資収益率)を高めようとしている。もし「Cloud Vision API」のような人工知能によって顧客の置かれた状況を正しく理解することができるようになれば、人の表情を読み取りながら接客する店舗の店員のように、EC サイトで最適な商品を勧めることもできるようになるだろう。(図2 参照)

(3)顧客行動予測の自動化と精度向上

社外のデータの活用やIoTの伸展によって、マーケティングに利用可能なデータは今後も飛躍的に増え続ける。消費行動は多様化し、購買パターンはほとんど無限である。データサイエンティストにとって、そのような状況下で有意な仮説を導き出すのは非常に難しいことであろう。

ここでも人工知能によるブレークスルーが期待される。予測モデルを導き出すための機械学習アルゴリズムである。Google 社が2010 年に「Prediction API」を公開したほか、2015 年には米国Microsoft 社の「Microsoft Azure Machine Learning」と米国Amazon Web Services 社の「AmazonMachine Learning」もAPI として公開された。このような機械学習により、データサイエンティストが担っていたモデル構築を自動化するだけでなく、日々のトランザクションを反復的に学習させて顧客行動予測モデルの精度を日々向上させることも自動化できるようになるであろう。

NRIネットコムの取り組み

NRI ネットコムでは、人工知能を活用したデジタルマーケティングの新しいサービスの研究を行っている。

(1) コンテキスト認識を用いたアプリの開発

1つは、「Cloud Vision API」によって人の表情やコンテキストを認識し、それに基づいたサービスを提供するアプリの開発である。

来店した人がスマートフォンで自分の顔を撮影すると、その笑顔の度合いに応じた割引率のクーポンを発行したりするアプリである。なお、Google 社では「Cloud Vision API」の活用事例として、笑顔を見たら寄ってくるロボットの動画をYouTube で紹介している(www.youtube.com/watch?v=eve8DkkVdhI)。

(2)予測モデルによる広告の出し分け

もう1 つは、会員属性や取引履歴から「Prediction API」を使って顧客行動の予測モデルをつくり、それに応じてWeb サイトを訪れた人に自動的にコンテンツや広告を出し分ける仕組みの検討である。データの鮮度を保つためには大量のデータを一括して扱う基盤も必要になるので、これにはAmazonWeb Services 社のデータウェアハウスサービス「Amazon Redshift」や Google 社のビッグデータ分析サービス「BigQuery」の活用を検討している。

ここまで述べてきたように、機械学習をはじめとする人工知能は、デジタルマーケティングにブレークスルーをもたらす可能性を持っている。それを実現するために、デジタルマーケティングに携わる者には、このような新しい技術に対する目利きと、それをビジネスに適用する力がこれまで以上に求められるであろう。


井川雅之

執筆者 井川雅之

デジタルマーケティングに関するコンサルティングを専門に行っています。
(ロイヤリティマーケティング事業推進室長)

本稿は、野村総合研究所発行の「ITソリューションフロンティア」2016年9月号に掲載されました。

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